陰翳の煌き

花の薪能「半蔀」 2009 健軍神社

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薪能は大桜の下 夕刻から始まった。
次第に闇が深まり 時折り吹く風が 花を散らせ炎の影を揺らす・・

笛が高く鳴った瞬間 風は起こった。
散る桜の花びら・・ 舞の妖艶さ・・ 衣装の煌びやかさ・・ 謡や鼓の音の響き・・ 面の微妙な表情・・

いくつもの美しいものが同時に現れ そのどれも見落とさず 感じたい!と そう願ったとき
頭の中でのその情報処理が間に合わず 自分の中に微妙な迷いとパニックが起こる ・・
そしてそれが幽玄な世界への導きとなった。



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能の魅力は幽玄さにある。

しかし 能の幽玄さは結果であって 初めからそれを醸し出そうという目的はないのではないだろうか?
それは 風を呼び寄せるように 自然の中の何ものかを出現させようとして 生みだされたものかもしれない。

能の源流のひとつ・・“田楽”を想う。
それがどういうものかよく知らないが そのまた源流には雨乞いなどのような“祈り”が あるのではないだろうか・・

人間が風を呼び 雨を呼ぶ・・。
そのひとつの装置のような役目が 舞や音楽?にはあったはずである。

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演能の舞や音が風を起こしたと思える程に 自然と一体になった素晴らしい能の公演だった。
シテは 喜多流能楽師・狩野琇鵬氏。毎年4月6日この健軍神社で ユニセフ協賛チャリティーとして公演されている。

※「半蔀(はじとみ)」    夕顔の霊が光源氏との思い出を語り 舞をまう・・。
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by ukishimakan | 2009-04-09 22:39 | Trackback | Comments(2)
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Commented by たま@7 at 2009-04-11 04:32 x
白洲正子さんと能の番組をちょっと前やってましたね。シテは今はなき白洲正子そのもの。しわくちゃばあちゃんの面が、白洲正子の顔にふっと変った瞬間、この世の感覚でない時間になりましたっけ。
白州さんも能の源流の方向を向いていたようですね。完成品になる前の能面を探しておられたり・・・。
健軍の能も画像で見ても分かるぐらい濃厚に起こっていたようですね・・。何よりです。私も感じたかったです。
やることでなくそこに起こることは、その場の天気や風とシンクロして行く、そういう感覚、呪術や儀式、舞の、深い意味・・・私もそういうことをよく考えます。
Commented by ukishimakan at 2009-04-11 21:33
こんにちは、たま@7さん♪
その番組、残念ながら観られませんでした。
完成品になる前の能面は 見つかったのでしょうか?もしあったとしたら どんなものだったのでしょう?

能では あの世ともこの世ともいえない微妙な世界が繰りひろげられるので 変に話の筋を追いかける必要がなく 感覚的に観られるから好きです。感覚的に観ることで 自分も参加して共有している気持ちになります。

ところで、熊本に能楽堂がないのはおかしいですよね・・。早く建設して欲しい!